2017/08/13

注目のサラブレッド クリスチャン・マキャフリー

カロライナ・パンサーズのルーキー、ランニングバックのクリスチャン・マキャフリーくんが注目を浴びています。

まずは、トレーニングキャンプでのシーン。名ラインバッカー、ルーク・キークリー選手を手玉に取るこの動き。


え、なんかすごいんじゃないの、このルーキー?キークリー相手にこれかい!?

「1対1のドリルはランニングバックが100パーセント勝つものなんだ。ラインバッカーにとってはタフなドリルなのさ。だってRBはフィールドのどこに走ってもいいんだから」

と謙虚なところを見せていたマキャフリーくんです。まあ、本番の試合ではディフェンスの選手が他に10人もいるわけだから、こんなふうに走れることはまずないんでしょうけど。でも、それにしたって目を引きます。

クリスチャン・マキャフリーくんはスタンフォード大学出身。今年のドラフト1巡目、全体8位でカロライナ・パンサーズに指名されました。白人のランニングバックって珍しい~。そしてヘルメットをとってみると、なんとまあ、目元がすずしいハンサムくん。


記者会見の様子をみても、しっかりしていながらタフ。好感度抜群です。絶対人気出そう。パンサーズで1番人気になるんじゃないの、ひょっとして。

父親のエド・マキャフリーさんもNFLの選手でした。ワイドレシーバーとして13年活躍し、スーパーボウルで3回の優勝経験があります。母親はスタンフォード大学のサッカー選手で、母方の祖父は陸上のオリンピック選手という、素晴らしいDNAの持ち主です。

お父さんがデンバー・ブロンコスの選手だったからロッカールームで遊んでいた。小さい頃はシャノン・シャープさんとパワーレンジャーごっこをやったよ――というようなことも語っていました

なんという特権階級。生まれたときからNFLへの赤いカーペットがずずーーーとしかれているような、そんな生い立ち。NFL界のプリンスか、おい!

そしてこのままスター街道まっしぐらに進むのか?

それはこれからじっくり見せてもらいましょう。今シーズンの活躍が楽しみなルーキーの一人には間違いなし。プレシーズン1試合目でも見せ場を作っていましたよ。レギュラーシーズンへの期待が高まるなあ・・・。


そして、マキャフリーくん本人のYouTubeチャンネルに、ただ1本アップしてある高校時代のハイライト。リターナー、スロットレシーバーとしても活躍する、このキレのある走り!いいじゃないの~。ねえ。





2017/08/08

ジェイ・どーでもイイ・カトラーはイルカを救うことができるのか

QBジェイ・カトラーさんがマイアミ・ドルフィンズへ!!

いや、びっくりしました。

先週の木曜日、ドルフィンズのクォーターバック、ライアン・タネヒルさんが練習中に膝を故障というニュース。シーズンエンドの手術をするとかしないとか、ヘッドコーチのアダム・ゲイスさんがQBカトラーさんに連絡をとったとかとらないとか噂されていましたが、本当にマイアミにやってきた!

3月にシカゴ・ベアーズをリリースされ、どっか就職口はないかなぁとしばらく様子を見た後、引退を発表。今シーズンはテレビの解説者をやる予定でした。

今までさんざんメディアで「カトラーはやる気がない」「無関心だ」「リーダーとしての資質に問題がある」と叩かれて来たので、批判する側に変わってどんな解説をしてくれるのかな?選手をぶった切ってくれるのかな?と、期待していたんですが、それはお預けになりました。

ジェイ・カトラーは本当に無関心なのか?勝っても負けてもどうでもいいのか?インターセプトされても、ヘッ?と肩をすくめるだけなのか?

私はよく分かりません。そんなに長くNFL見てるわけじゃないし、ベアーズの試合なんかあんまり記憶にない。あ、でも去年は親指負傷とかでアッサリ退場して、それでまた叩かれてたな・・・。

しかし、「どーでもいい無関心カトラー」は、ファンの間では常識で、スモーキング・ジェイ・カトラーというサイトも好評です。

「スポーツ史上、最もどーでもよさげなアスリートに捧げるサイト」と副題のついたこのページは、煙草をくわえるジェイ・カトラーさんの写真をみんなで投稿しよう!というサイトです。実際カトラーさんは煙草なんか吸わないんですけどね・・・。

そんなカトラーさん、今日はマイアミ・ドルフィンズ移籍後初の記者会見


うん・・・。

引退を取り消して、さっそうと復帰。先発QBをケガで失ったチームを救うために現れたヒーロー。この人ですよ・・・。

「自分の生活に満足してたよ。子どもたちとも遊べるしね、けっこう気に入ってた。だからどうしようか迷ったよね。妻がもう一度やれって誰よりも熱心だった。僕が家に居すぎるのがいやになったんじゃないかな」

しょ、正直・・・。ウソでもいいから、「前のコーチから電話をもらって、オレにはまだフットボールが出来るという情熱が湧き上がったんだ!」とか言えばいいのに、ヨメがやれって言ったから・・・。

そりゃ、テレビ解説者やるより給料が25倍ももらえるなら、ヨメとしてはそっちを押すでしょーよ、ねえ。(家から居なくなるしな・・・)

体のコンディショニングはいうと、「息子と遊んでいたし、母校の大学に行ってバスケットボールをしてたからまあまあ」という答え。

そ、そうなの?それでいいの・・・?

「だって僕クォーターバックだからさ、持久力とかそんなにいらないし」


こ、これはひょっとして冗談?それとも本気?

分からん・・・。

QBトム・ブレイディさんは、睡眠時間でさえ特注パジャマで疲労回復に徹している。QBアーロン・ロジャースさんは、ヨガ・ストレッチをトレーニングに取り入れて40過ぎまで現役でいるつもりだと抱負を語っている。QBラッセル・ウィルソンさんなんか、栄養士、メンタルコーチ、身体療法士、ストレッチのエキスパートを雇って体調を整えてシーズンに備えているんですよ!

ジェイ・カトラー・・・。どーでもイイ・カトラーは本当なのか・・・?

それはまあ、今シーズン見せてもらうことにしましょう。

ドルフィンズには結構期待しています。AFC東地区でニューイングランド・ペイトリオッツを脅かす存在になってほしいぞ!

なんせ、HCアダム・ゲイスさんがシカゴ・ベアーズのオフェンシブコーディネーターだった2015年は、カトラーさんが自己最高の成績を記録。パッサーレイティングが92.3。これ、上回ろう!

カトラー、行けーーーーー!

そして、なぜかカルビン・ジョンソンさんがドルフィンズを訪問していたという話も。ライオンズのキャンプに行かずに他のチームばっかり訪問しているメガトロン・・・。


おまけに、カトラーさんのシューズはこんな。


ジェイ・カトラー、いろいろ深いかもしれないなあ・・・・。

2017/08/07

ランボーにマーテラス・ベネット登場

ベネット兄弟の弟分、TEマーテラス・ベネットさんは昨シーズン、ニューイングランド・ペイトリオッツとしてスーパーボウルを制覇した後、3月にグリーンベイ・パッカーズに移籍しました。3年で約21億円という契約。

新しいチームでのトレーニングキャンプが始まりましたが、もうすっかりパッカーズになりきって話題を振りまいています。その様子を紹介しまっせ~。

その1:ロッカー前でのキャンプ

トレーニングキャンプ中、パッカーズの選手は近くにある大学の寮に泊まることになっているのですが、入寮時間に遅れて中に入れなくなったマーティさんは、ランボーフィールドの自分のロッカーの前で一夜を明かすことにしたそうな。


「ちょっと前にグリーンベイに着いたんだけど、寮に入れなかった。床の上で寝ることにしたよ、ロッカーの前で。キャンプ1日目ってとこだな」

「床で寝たって平気さ。けっこう好きで床の上で寝てるよ、時々。本当さ。来るのが遅くなるって誰かに言っとけばよかったな・・へっ・・まあいいか」

「ユーレイがパッカーズと一緒に隠れてないといいけど。ユーレイが出てくるならオレは逃げなきゃ。だってオレがたった一人の黒人だろ、このホラー映画の。黒人が死ぬことになってんだよ。誰か他のヤツ見つけてこなきゃ」

なんて一人ぼそぼそ言ってたかと思うと、後日のインタビューでは

「仕事場で寝るって、ちょっと変な感じだよね。ゆっくりできないっていうか。くまのプーさんしたかったんだけど。くまのプーってシャツのほかに何にも着てないだろ。そういうふうにして寝たかったけど、ここでそれはできないね。だってロッカーでくまのプーしたら、そりゃあ変だろ。だからゆっくり出来なくて、よく寝れなかった・・」

だって。へえー。くまのプー・・・。リラックスできるんかい。

その2.自前のチーズヘッド

パッカーズと契約早々、パッカーズ・プロショップでチーズヘッドを購入したというマーティさん。社内割引で30%オフだったそうです。いいな~。


「しばらく前に買ったんだ。ときどきかぶってパッカーズのビルの中を歩くんだよ。みんなにオレもパッカーズの一員だってことを見せてるのさ。けっこういいだろ」

いいじゃないですか~。こんなのかぶって歩かれたらパッカーズの社員一同、マーティさんのファンになるに違いない。ねえ。そしてインタビュー後には、記者の皆さんに自分の著作をプレゼント。


カバがくまのプーしてる・・。やっぱりこういうのが好きなんだ・・・。

マーティさんは子供向けの本・アニメを作る会社もやっていて、インスタグラムには自分の落書きなんかも載せています。

その3.楽しい自転車乗り

パッカーズのトレーニングキャンプには、子どもたちが自分の自転車を持って押しかけます。選手は子どもたちから自転車を借りて、それに乗って練習場へ向かうというのが伝統行事。

選手もファンも楽しそう~。いいな~。マーティさんも嬉しそうやで~。


という、パッカーズ生活を満喫しているらしいマーテラス・ベネットさんでした!

シーズン中もなにかと話題を提供してくれそうで、大変期待していますよ。

2017/07/23

ライオンズと不仲説のカルビン・ジョンソンはキャンプに来るのかな?

2015年シーズンを最後に引退したデトロイト・ライオンズのワイドレシーバー、カルビン・ジョンソンさんが、なぜかここに来て、いろいろライオンズには不満があったことを語っています。

まず5月に、引退してよかったと思っているが、「ライオンズについてはあまり話したくはない。良い関係で終っていないから」と発言

むむ、なにやらワケあり・・・。

どうやら、引退が決まってから、2012年の契約更新時(8年約132億円)にもらった契約ボーナスの一部を返金しなきゃいけなかったらしい。

ま、お金がからむと何かとこじれるよね。などと言っているうちに、7月にはアメフト宣伝のためイタリアへに出向いたカルビン・ジョンソンさんが、ずいぶんリラックスした調子

「デトロイトじゃもうやりたくなかったんだよね~」と告白しました。


「バスケットボールならスター選手を集めてスーパーチームを作ることもできる。しかしフットボールは違う。好きなチームに行けるような自由はない。

契約があるからデトロイトにいるしかない。そう言われたんだ。リリースはしない、だからまたチームに戻らなければと。スーパーボウルに行けるチャンスはなかった。それなのに、一生懸命練習していたのさ。じたばたしたって時間の無駄だ。だって勝てないんだから。

バカバカしいとはこのことさ」

笑いながら、冗談まじりですが、明らかに自分のチームをボロクソ言ってる。メガトロンどうしたん?こんなことを言う人じゃないはずなのに。

遠いイタリアでのマイナーな記者会見ということで、ちょっと気が緩んでいたんでしょうか。イタリアの陽気なメディアにサービスしちゃったんでしょうか。

体はボロボロ、チームは勝てないとなれば、正直、誰だってこういう気持ちになってもおかしくない。やっぱりな、とも思います。

でも、こんなこと言われてチームメイトはどういう気持ちがするのか。メガトロンには大型契約があった。チームは勝てなかったけどプロとしての見返りはあった。だけどチームの中には、やっとプロとして生活している選手もいる。スーパーボウルは無理と分かっていても、みんな必死にトレーニングに励んでいたんじゃないの・・・。

勝てないチームだからって見下していいのかよぅ。スーパーボウルが第一の目標というのは分かるけど、でもそれだけじゃないよね、フットボールするってのは。もっと大切なことがあると信じたい。ちぇ~、ジョー・トーマスさんに説教してもらいたい。メガトロン何を言うてるんやと・・・。

――でも、フロントへの不満が真っ黒い風船みたいに溜まっていたのかも。それがつい口に出た。思い返してみれば、引退発表時もチームでの記者会見はなかったしね。看板選手なのに静かすぎる引き際。もうチームの顔みたいな役割はしたくなかったんでしょう。

と、そんなことが報道される中、ライオンズの会長さんがカルビン・ジョンソンさんをトレーニングキャンプに招待したそうです。

来るんかい?

何しに?

イタリアでのインタビューでは、オークランド・レイダーズのクォーターバック、デレク・カーさんをすごく褒めていたので、メガトロンはレイダースに行きたいのか?!という噂もささやかれましたが、ちょっとそれはないっしょ・・・ねぇ。

5月にはレイダースのOTAに顔を出していたけど。それはない!ないかな?


2017/07/20

大学教授がジュリアン・エデルマンにお詫びを入れた件

親愛なるジュール(*ジュリアンの愛称)

キミは私を覚えていないと思う。2006年春に、にサン・マテオ大学のEnglish 100でキミの先生をしていた者だ。キミに手紙を書きたいと思っていたんだ、ああ、1000年くらいもずっと。軽率な発言をしてしまったことを謝りたい。キミは覚えていないかもしれないけれど、ずっと気にかかっていたんだ。

”リーグに行く”というようなことをキミは言った。それで私は、もっと現実的な目標を持て、一握りの人しかプロのアスリートになることは出来ないんだ、とかなんとか言ったんだ。

正直、それでキミが気を落としたとは思わない。しかし、これを思い出すと私はいつでも嫌な気持ちになるんだ。私が間違っているとキミが証明したからじゃない。何にも知らないくせに、キミのフットボールにかける情熱を軽蔑するような、馬鹿な発言をしてしまったからだ。

多分、学期の始めの頃だったと思う。キミのことをよく知る前だ。けれど、キミの執念、底力を疑うなんて!

繰り返すが、キミはこんなことを思い出しはしなかっただろう。しかし、そうだとしても、あの日馬鹿なことを言ってしまって申し訳なかった。


という手紙を、ニューイングランド・ペイトリオッツのワイドレシーバー、ジュリアン・エデルマンさんが紹介していました。

11年前のことが気にかかっていた先生からの手紙!

手紙っていいなあ。電話とか、メッセージとか人とのコミュニケーションが手軽にできるようになって、手紙なんてずーーーーっと書いたことありませんが、いいなあ。心がそのまんま紙の上に乗ってくるような気がしませんか。

しかしなんですね。高校卒業しても、大学からフットボール奨学金のオファーもない。無名の小さな大学にまぎれこんで、なおかつ「オレぁNFLに行くぜ!」と鼻っ柱の強いところを見せている若きエデルマンさんを想像すると、微笑ましい。

この気概。不屈の魂。

エデルマンさんはこの大学で1年過ごした後、ケント州立大学に編入して3年、そしてドラフト7巡目でペイトリオッツに指名されました。今やNFLのスターワイドレシーバー。すご!

ジュールぅぅ!今シーズンもまたガッツのあるプレイ見せてね~!ペイトリオッツはどうでもいいけど~~~!!

2017/07/16

アントニオ・ブラウンとTY・ヒルトン むか~しの話

もう7月中旬ですよ、みなさん!月末にはトレーニングキャンプも始まるし、8月にはプレシーズン。9月の開幕がやっと見えてきた感じ・・・。

と、はやる胸を抑えながら、今日はピッツバーグ・スティーラーズのワイドレシーバー、アントニオ・ブラウンさんとインディアナポリス・コルツのワイドレシーバー、TY・ヒルトンさんが子ども時代に知り合いだったという話を紹介します。昔の記事なんですけどね・・・。

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二人の出身地、マイアミの北西部にあたるリバティシティは、ドラッグがらみの犯罪が多く低所得世帯が大半を占めるタフな街。でも土曜日の公園には、小学生のフットボールチームを応援する家族が詰め掛けます。

テントを張って試合前に貝を焼く人、孫の顔をプリントしたTシャツを着るおばあちゃん、サイドラインには高校のスカウト、子どもの試合に賭けをする大人たち。とにかくフットボールが愛されている土地柄のよう。(NFL選手ではWRチャド・ジョンソン、WRアマリ・クーパー、RBデボンタ・フリーマン、LBラボンテ・デビット、QBテディ・ブリッジウォーターさんなども同郷)

その公園で、小学生だったアントニオ・ブラウンとTY・ヒルトンをコーチしていたのが、ヒルトンの父親タイロンさんでした。といっても、ブラウンのほうが1歳上、体重でも別のクラスだったので、一緒のチームだったことはありません。

二人とも小柄で機敏、抜群の選手という点では同じ。しかしシャイなTY・ヒルトンに対して、アントニオ・ブラウンは自信満々で積極的。小さい時からカリスマ的だったそう。

「コーチ、僕にクォーターバックやらせて!僕、ワイドオープンだったよ!コーチ!」

よく突っかかってきたよ、と笑って語るタイロンさん。コーチの家にはチームのチビッ子たちがよく泊まりに来ました。ヒルトン母手作りの朝ごはんを食べた後、みんなで試合へ繰り出すような家庭。TY・ヒルトンによれば、「みんな、うちの両親が自分ちのだったらなあって思ってたよね」とのこと。

成長するにつれ、フィールドから姿を消してしまう子どももいます。コーチした選手のうち、3人は殺害されました。波に呑まれるように、どこかへ行ってしまった子どもたち。その中の一人がアントニオ・ブラウンだったとタイロンさんは語ります。

「公園に来なくなって、そのまま消えてしまったんだ」

アントニオ・ブラウンの父親、エディー・ブラウンさんは、足が速くラビットと異名をとったリバティシティの花形スター。18歳の時にアントニオ・ブラウンが生まれました。母親と子どもをマイアミに残して、ルイジアナの大学に進学。その後、アリーナフットボールリーグで活躍します。

アントニオの母親とは別れるものの、アントニオ8歳の時に、弟と二人をニューヨーク州アルバニーに呼び寄せます。父はアリーナフットボールと同時に高校のコーチもしていて、兄弟はフットボールづけの毎日を楽しみました。しかし8ヶ月後にはマイアミへ逆戻り。それからずっと父親と会うことはありませんでした。

ヒルトン家から2キロほど離れた場所で育ったアントニオ・ブラウンですが、二人の世界は全く異なっていました。高校になると、友達はクラックコカインを売るギャング組織に入ったり、パーティに行けば必ず最後は銃撃戦になったりするような環境。

16歳の時には、母親が結婚した2度目の父とケンカして家を出ることに。友達のソファや車に寝泊まりしながらも、高校ではクォーターバックをしていました。あまりの評判に、近隣に住んでいたQBジノ・スミスはブラウンが在籍する高校に入学するのを止めたという話も。

卒業後は、学業成績が悪く大学奨学金がもらえない、友達のケンカ沙汰に巻き込まれて入学取り消し、等の紆余曲折を経てなんとかセントラルミシガン大学へ。ブラウンに目をかけていたアシスタントコーチ、ザック・アザニさんが声をかけてくれたのでした。(ビデオ2:20で出てくる人)

なんとかチームに入ったもののヘッドコーチの期待は薄く、最初の試合ではベンチ。しかし残り時間が少なくなるとコーチに出場を嘆願し、やっとフィールドへ。そこで大活躍を見せます。

「試合後には、私の目をまっすぐ見て『ほら、言ったとおりだろう!』って言ってたよww」

と当時のヘッドコーチ。そして、すぐに1試合100ヤードを記録するようになり、名前が知られていきます。そんな折、父親エディ・ブラウンさんが息子の試合にひょっこり顔を見せました。

「ロッカールームの出口に立ってたんだけどね、あいつはオレをじろりと見て通り過ぎたさ」

父親の方から電話をしてみても、そっけなく、気まずい沈黙。そしてある日、遠征先のホテルで面会した時に、息子は泣きながら怒鳴りました。

「オレがどんなふうにやってきたか知ってんのかよ!路上で暮らしてたんだぞ!」





今では、いつもニコニコ顔のアントニオ・ブラウンですが、小さい頃の写真を見ると険しい顔をしていますよね。

「あいつは自分の怒りをフットボールにぶつけていた」

「フットボールが好き、というより、あいつにはフットボールが必要だったんだ」

「絶対にNFLに行ってやるという信念を持っていたんだ」

とかつてのコーチが語っています。

さて、小学校で別れて以来、TY・ヒルトンが再びブラウンの存在を知ったのは、フロリダ国際大学の頃。ライバル校のフィルムを見ていた時、対戦相手に見覚えのある顔を発見したのでした。「ひょっとしてAB?」と驚いたそう。

2010年にNFL入りし、スターダムを駆け上っていくアントニオ・ブラウンを見ながら、体の小さい彼が結果を出しているんだからオレだって、と励みにしたそうです。

2012年にはTY・ヒルトンがインディアナポリス・コルツに入団。その年のプレシーズンゲームで、二人は十何年かぶりで再会しました。まるで子どもの時に戻ったみたいだったとヒルトンは語っています。

今では両親とも和解したと語るアントニオ・ブラウン。すでに4人のお子さんのお父ちゃんですよ!

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持って生まれた身体能力もあったでしょうが、人並み以上のトレーニングを積む姿勢と固い信念がなければ、プロのアスリートにはなれないですよね。もー、こんな話を聞くと、感心するしかないっすよ。

みんな、いろいろ大変・・・。ほんと、えらいなあって・・・。

ということで、ABのプレイも見たいから早くシーズンが始まらないかな~。

2017/07/10

カーソン・パーマーの大ファン!87歳のドロシーさん

カーソン・パーマーさんはアリゾナ・カーディナルスのクォーターバックです。南カリフォルニア大学時代にはハインズマントロフィーを獲得し、2003年にドラフト全体1位でシンシナティ・ベンガルズに指名されました。

ベンガルズに8年、オークランド・レイダーズに2年、2013年にはカーディナルスに移籍して現在37歳。そんなカーソン・パーマーさんの大ファンだという御夫人、87歳のドロシー・ハイドさんのビデオがあったので紹介しますよ~。

「朝は好きなだけ寝てるわ。だってもうなんの責任もないもの。それが年をとって良いことだわ。いつ、何をしろとか言われないですむものね。

朝一番に起きてすることは、新聞を取りにいくこと。まず死亡欄に目を通すわ。友達が載ってないかを確かめるの。次はスポーツ面。カーソンがどうしてるか、チームの調子はどうかをチェックするの」

と語るドロシーさんはヒューストンに住んでいます。特にスポーツには興味がなかったという彼女がカーソン・パーマーのファンになったのは・・・。





2006年のプレイオフで膝を故障したカーソン・パーマー。

「ポンってはじける音が聞こえた。プレイオフで張り切っていたんだけど、それで終わり。瞬間にシーズン終了だって分かったよ」

ACL(前十字靭帯)及びMCL(膝内側側副靭帯)の損傷。膝の皿を脱臼という大怪我で、手術では臓器提供者のアキレス腱を使って、ACLが再生されました。

このアキレス腱の提供者が、ドロシーさんの娘さんであるジュリーさんでした。2004年に交通事故で亡くなっていました。

2度の出産で2度とも子どもを失ったドロシーさんは、生後2日の赤ちゃんを養子に引き取ることにしました。それがジュリーさん。その後、カレンさんという妹さんが誕生。ジュリーさんは反抗的で怖いもの知らずだったそう。音楽が大好きでプロモーションの仕事をしていました。

しかし44歳の時、飲酒運転をしていたドライバーに後ろから突っ込まれて脳死状態に。臓器提供の話を聞かされて、家族は即決で提供することに同意しました。ジュリーなら必ずそうするに違いない。これが人の役に立つ最後のチャンスだもの。

臓器移植の提供者は、もちろん匿名で公表されないようになっていますが、パーマーさんは提供者のことが気になって探し当てました。残された家族に感謝の言葉を伝えるために。ジュリーさんの家族は、スポーツ選手に提供されたとは聞いていましたが、それが誰かは知りませんでした。

「グーグルで調べたのよ。カーソン・パーマーって。記事を全部読んだわ。フットボールなんて興味なかったんだけど、それも変わっちゃったの」

それから、ずーっと新聞でパーマーさんことを追っかけ始めたというドロシーさん。

娘さんの靭帯の助けを借りて、カーソン・パーマーは174タッチダウン、パスを1000ヤード以上を記録したのは4シーズン。

ところが、2014年にまた同じ左膝を負傷。ジュリーさんからもらった靭帯は損傷のため切除され、今回はパーマーさん本人の靭帯を使って再生手術を行いました。

「ジュリーの靭帯がなくなって、ちょっとさびしい気がしたわ」

と妹のカレンさん。でも、家族とカーソン・パーマーさんの絆は続き、2016年にはカーディナルの施設に招かれて、初めて会うことになりました。

「カーソンに会うのが楽しみだわ。孫がもう一人できたみたい」

と言っていたドロシーさん。娘さんの臓器は50人の人を助けることになりました。カーソン・パーマーさんも今では臓器移植者に登録しています。

「ジュリーを愛してたわ、ほんとうに。いなくなってさびしい。毎日そう思うの。戻って来てくれればいいけど、それは無理よね。他の人がジュリーのおかげで助かったと思えば、慰められるの」

と、今でも毎朝カーソン・パーマーの記事を探しているというドロシーさんです。

ということで、今シーズンはカーディナルスの試合を見ながら、ドロシーさんも見てるんだな・・と思うことになるでしょう。

それにしても、臓器移植って、足の靭帯までも使われるんだとは知りませんでした。それも2年前に亡くなった人の体を使うとか、医学ってすごいな・・。

2回も同じ所を大怪我して、また復帰しているカーソン・パーマーさんもすごいだろ・・どんだけタフなの・・と、いろいろ感心しましたよ、私は・・・。