水泳のマイケル・フェルプスさんが、お父さんになりました。2016年5月5日生まれの男の子の名前はブーマー・ロバート・フェルプスちゃん。「今までの人生で最高の気分!!!」だって。
2004年のアテネオリンピックで金メダルをとって、「母ちゃん、見て見て!」なんつって無邪気に喜んでた19歳の少年が、父親か・・・。月日が流れるのは早いなぁ・・・(遠い目)。
フェルプスさんは、今年のリオデジャネイロ・オリンピックにも出場する予定。アメリカ国内の選考会は6月26日~7月3日に行われるので、まだ正式に決定というわけではありませんが、体調は上々の仕上がりらしいです。リオでもメダルが期待されています。
A photo posted by Michael Phelps (@m_phelps00) on May 7, 2016 at 10:22am PDT
2004~2012年のオリンピックで金メダル18個(全部で22個)をとったフェルプスさん。前人未到の大記録を打ち立てて、「水の怪物」と言われていました。しかし、プールの外では問題も。アテネオリンピックのすぐ後に飲酒運転で捕まったり、マリファナを吸っている写真がスクープされたりしました。
2014年9月には、飲酒運転+スピード違反(時速70km制限のところを135kmで走行)で、またニュースに。
オリンピックの栄光でもてはやされ、次には素行不良で非難される。私たちはニュースのヘッドラインでしかフェルプスさんを知りませんが、
スポーツ・イラストレイテッド 誌の記事で、フェルプスさんの隠れた葛藤(のようなもの)について書いていたので、少し紹介してみます。
2008年の北京五輪後、泳ぐ意志はなくなったと語る彼。けれど、23歳での引退を世間が認めるはずはありません。スポンサーとの契約もありました。
「精神的には、もう終ってた。もう泳ぎたくなかった。だけど、やめられないこともわかっていた。だから、無理にやってたんだ。したくないことをさ。水泳を続けていたんだ。4年間のあいだ、1週間に2回は練習をサボってた。だって、行きたくなかったから。どうでもいい。寝坊してやれって」
2012年のロンドン五輪前には、フェルプスさんが11歳の時から指導していたボウマン・コーチと大喧嘩。コーチはストップウォッチを壁に叩きつけ、駐車場ではお互いに怒鳴りあって中指を突き出し、フェルプスさんはその後10日間練習に出てこなかったそうです。
「11日目にやっと出てきたのさ。テレビのインタビューの予定があったから。ロンドンに向けた私たちの練習なんてそんなもんだった。テレビの人は何も知らなかったけど」と、ボウマンさん。
十分な練習をせずに望んだロンドン五輪でしたが、それでも金メダル4個。
ロンドン五輪の後、フェルプスさんは引退を発表しましたが、1年経たずに、現役復帰。ボウマン・コーチは、最初は賛成しませんでした。北京からロンドンまでの4年間にいい思いをしていなかったからです。しぶしぶ練習は始まったものの、やはり、100パーセントは打ち込めないフェルプスさん。
練習を続ける一方で、お酒を飲んだりギャンブルしたり、不安定な様子を見せていて、家族は心配していました。そうするうちに、2014年の飲酒運転。血液中のアルコール濃度は、基準よりずっと高いもの。知らせを聞いて、ボウマンさんは
「こんなことが起こるんじゃないかと、恐れていた。今の状況だと、自分を殺しかねないと思っていたんだ。自殺じゃなくて、飲酒運転とか、もっとひどい事故で」と語っています。
テレビ局の車が家の周りで待機する中、フェルプスさんは、家族、親しい友人(そのなかには元ボルチモア・レイブンズのレイ・ルイスさんも)と、この後どうするかを真剣に話し合いました。
「本当に暗い場所にいたんだ。生きていたくなかった」と語るフェルプスさん。アルコール依存症とまではいかなくても、心の中で闇と戦い、もがいていました。乗り気ではなかったけれど、みんなに説得されて、依存症治療施設に入院することを決めました。
最初は自分の周りに壁を作っていたフェルプスさんですが、治療を続けていくうちに、自分自身を理解していきます。
「長い間、ボクは自分をアスリートとして見ていて、人間としては見ていなかった。セラピーには他の患者さんもいて、ボクが誰だかみんな知ってるよ。だけど、彼らは、ボクがしたことじゃなくて、ボクがどんな人間かを認めてくれるんだ。気持ちがだんだん楽になっていった」
9歳の時に別れた父親に対する気持ちも、それまで誰にも言えませんでした。しかし、治療の後半、家族を招待するセラピーには、婚約者の両親に加えて、今まで疎遠だった父親も招待しました。
入院中でしたが、6時半に起き、ウェイトトレーニングを始めました。治療施設の小さなプールで泳ぎました。
退院後しばらくして、自分のエージェントに語った言葉は、「これからが面白くなると思うよ。ボクは、今まで、自分が持っているものを全部出し切ったことはなかったんだ」
飲酒運転で、2015年の世界選手権は出場停止処分。しかし、同じ時期に開催されたアメリカ国内大会で、フェルプスさんは世界選手権1位よりも速いタイムで、100Mバタフライを泳ぎきりました。
リオ五輪が終るまで、アルコールは飲まないと宣言しているフェルプスさん。
「体の脂肪が驚くほど落ちた。今までで一番体が締まっている。結果を残せているのは、練習して、体を回復させて、睡眠をとって、自分をよく手入れしているからだ。これまでにないくらい」
「何だってできると言った、小さな子どもの頃の自分に戻ったんだ。今までのオリンピックでは見せることのできなかった自分を見せられると思う」
と語っています。
マ、マイケル・・・。これはキミのカムバックストーリーか。
ワタシは見るよ。リオでの、最後のマイケル・フェルプスをしっかり目に焼き付けるで!うおー!!
ということで、最近アンダーアーマーが作ったマイケル・フェルプスさんのビデオを貼っておきます。
VIDEO
「暗闇の中でやっていることが、光に導くのだ」
このビデオを見て泣をこぼす
フェルプスさんのビデオ もあります。
オリンピックが楽しみだな~。
・・・こんな話を聞いてると、ジョニー・マンジールさんのことを思い出すよ・・・。ジョニー、治療施設に行きなよ・・・。お父さんもお母さんも心配してるよ・・・。
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もっと!マイケル・フェルプスさんの記事ありますよ~
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リオ五輪選考会前 マイケル・フェルプスさんとボウマンコーチの関係にうなるの巻
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マイケル・フェルプス 400m自由形リレーの鬼ターン@リオ
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#phelpsface マイケル・フェルプスのコワーい顔